その人は電話の向こうで、震えていた。
みんなからは『それはあなたに与えられた神様からの試練で、あなただから乗り越えられるってことなのよ!』と言われます…。
…でもっ…じゃあ私は、これまでもこれから先も、一体どれだけの試練を乗り越えればいいんですかっ…?
乗り越えた先に何があるんですかっ…?
これまで彼女が背負ってきた壮絶な体験を聞かせてもらっていた僕は、何も言えなかった。
「試練を乗り越えた先に何かがある」という発想は、
そもそも今という時間の中で、
これから向かうべき道や、
そうなりたい理想像、
そしてそこに向かう道のりが、
たとえうっすらとでも見えている場合に有効なんだと思う。
けれども、過去も現在も壮絶な環境で、明るい兆しの見える未来なんてまったく描くこともできない環境では、今が仮に『試練』だとしても、それを越えてもまた試練、また試練…。
永遠の試練が続くように感じるのだろう。
僕の頭に浮かんでくる月並みな言葉たちは、どれもこの状況ではとんでもなく軽々しく感じられて、そんなに簡単には口にすることができずにいた。
僕にはその話をじっくりと聞かせてもらうことしか、できずにいた。
ただ、一刻も早く、その人がその状況から解き放たれることを願う。
怖くて重い最後の決断、それ以外の方法で。
(池 芳朗)